【music room SORA】
信念に共感し、心をサポートしてくれる
「ただいまー」
生徒たちが思わずそう言ってしまうのもうなずける。
カウンターキッチンのかたわらには、グランドピアノ、アップライトピアノ、電子ピアノなど、多くの打楽器が所狭しと並んでいる。
兒玉貴栄さんが主催する音楽教室「music room SORA」。ピアノ、フルートのレッスンに加え、ことば音楽療法のコースがあり、どんな生徒も受け入れている。今は2歳から80代までが通う。障がいのある子もない子も、不登校、鬱など、様々な生徒が音楽を楽しんでいる。
「移転する前は外階段で完全に自宅と教室を分けていたのですが、娘を育てる中でそれは違うのではないかと思うようになりました。生活感がありありなんですけど、この家を見た時にアットホームな雰囲気に一目惚れして即決しました。生徒が「こんにちは」ではなく「ただいまー」と入ってきて、私も「おかえりー」と返す。家にいるような、安心できる場所になっていればうれしいです」
■ダウン症の娘さんのために、ことば音楽療法を習得
兒玉さんが現在の場所に「music room SORA」を移転開業したのは2019年1月。音大を卒業後、演奏活動をするかたわら音楽教室を営んでいたが、2017年夫が突然の脳の病気で生死をさまよう。娘の茜音さんには生まれつき重度の知的障害があった。「これからどう生きていけばいいのか。頭が真っ白になった」
ことば音楽療法とは、言葉の発達が遅い茜音さんのために「何かいいものはないか散々試した中で出会った」。Webサイトに掲載されていた資料を全てダウンロードして茜音さんに実践してみると、語彙や明瞭な発言が着実に増えていった。
「言葉にはリズム、音、抑揚がある。歌いながら、日常生活に必要な言葉を発することで脳に残りやすくなるんですね。私の専門である音楽を使って、言葉の発達を促すことができる。『これだ!』と合致しました」
夫の病気を契機に今後の人生を考える中で、「自分と同じように我が子の発達に悩む人の力になりたい」という気持ちを強くした兒玉さんは、発案者である故堀田喜久男先生の発語音楽療法研究所に通い、資格を取得。堀田先生の「あなたはいいものを持っている。人と同じことをやっていてはダメ。誰もやっていないことをやりなさい。あなたなら出来る!」という言葉に励まされ、岐阜県初の認定教室をスタートさせた。
■業務改善で、教室運営がスムーズに
兒玉さんがGaki-bizに相談にきた時、すでに教室は満席状態だった。離婚を経て、娘を一人で育てる決意をした兒玉さんは、人に頼ることが苦手な性格もあって、開業準備を全部一人でこなした。苦手なパソコンで一生懸命チラシを作って新聞に折り込む。3つ折りのリーフレットを作る。演奏会などのイベントを開催する際には、新聞社に直接PRをしに行ったり、ケーブルテレビに電話をかけたりして宣伝した。その甲斐あって、音楽教室は順調なスタートを切った。
「Gaki-bizさんの存在を知らなかったので、自分で動くしかないと思っていました。他の方たちはデザインや情報発信などをGaki-bizさんにお手伝いいただいていたんだと後から知りました」
レッスンをするのも、教材を作るのも、生徒募集も、メディアへの告知も全て自分。それに加えて、家事と子育てもある。一人でやっていくことに限界を感じていた頃、武道館で「女性創業塾」のチラシを目にした。「色々なジャンルの専門家の話が3000円で聴ける。面白そう」と飛びついた。全10回の講座の2回目の講師を務めたのがGaki-bizの正田嗣文センター長と松浦俊介プロジェクトマネージャーだった。「『夢を実現するには・・・』と題された講座が終わったその足で、Gaki-bizに行き、ワクワクした気持ちで面談の予約を取った。
「一人きりでやっていると、他業種の方と関わる機会があまりなく、視野が狭くなっていく。同業者だと深い話はできないのですが、そういう点からもGaki-bizさんは話しやすいし、頑張っている仲間がいることを知ることでパワーをもらえます」
話を聞いた松浦さんは、兒玉さんがこれまで力技でこなしてきたことを整理し、“業務改善”を行なった。
「これまでは体験入会などのお問合せを電話で受けていたのですが、レッスン中は出られないし、数が多くて結構な負荷になっていました。松浦さんに申し込みフォームの導入を提案していただいたことで、事務作業がスムーズになりました」
兒玉さんの教室は生徒さんのニーズに合わせた個別レッスンを行なっている。お問合せフォームに「発達状況や現在の困り感について」「必要な配慮」などの項目を設け、生徒及びご家族の希望を事前にすり合わせできるようにしたことも大きかったと話す。
「保護者さんがこの子にどう育ってほしいと願っているのか、なぜ音楽教室に通わせたいのかを明確にすること、そしてその望みに寄り添ってレッスンをすることを大事にしています」
■「共感を得られて、自信がついた」
「貴栄さんは自分で自分を忙しくするのが得意だよね、とよく言われるんですけど、やりたいと思うと突っ走ってしまう。その中で、Gaki-bizさんは一度自分を見つめ直させてくれる場になっています。だいたいはストップがかからないんですけど(笑)、独りよがりに決めたのと色々な意見を聞いてから決めたのでは、結論は同じでも全く違います。
例えば今の時代に合っていないようなことでも私がこだわりを持って続けていると伝えると『ぶれない信念を持っているなら、それを大切にしましょう』と共感してくださる。だから、自分のやりたいことを確認しながら進めることができます」
兒玉さんは音楽教室を通じて「生きる力」を身につけてほしいと考えている。そのため、例えば月謝の支払いは現金の手渡しにこだわっている。
「引き落としにしてしまえば簡単なのですが、そこは最後までこだわりたいと思っています。2歳児であろうが、大人であろうが、障がいが重かろうが、月謝を相手の向きにして両手で渡す。習い事をさせてくださっている親御さんへの感謝や、時間やお金の大切さを最大限に伝えられる手段だと思っているので。Gaki-bizさんは私が大事にしていることを否定せず応援してくださるので、自信になりますね」
■ごちゃまぜの社会が当たり前になる社会に
冒頭で、障がいのある子もない子も通う音楽教室と書いたが、兒玉の目指す世界は、「『障がいのある子もない子も』とか『障がいの有無にかかわらず』とか『重度障がい者』という言葉をわざわざ使わなくても、『そんなのは当たり前』と思う人が増える世の中」だ。
レッスンは個別だが、発表会やイベントは色々な個性を持つ生徒がみんなで作り上げる。障がいのある子と健常児が一緒に、ハンドベルとトーンチャイムを使ってみんなが楽しめる曲を合奏した。
娘の茜音さんとのデュオ「あかね色のSORA」も地域のイベントに引っ張りだこだ。2023年12月には「娘母コンサート〜あかね色のSORA」を開催。茜音さんはヘルマンハープのソロやピアノの連弾など17曲を披露した。
「実は茜音がピアノを始めたのは音楽教室を移転してから。5年間でピアノだけでなく、色々な面で成長しました。それは、私が忙しくしていたからかもしれません。どうしても障がいを持つ子どもの親御さんは自立に向けて必死なので、つい先回りして手を貸してしまいます。私は自分の人生も大切にし、音楽教室経営で多忙だったので、茜音は『自分でやらないと』と成長できたのかもしれません。
自分で限界を決めず、人と比べず、それぞれが音楽を通じて可能性を伸ばしてほしいし、発表会や演奏活動で障がいがあってもこれだけ人生を楽しむことができるということを知ってもらいたい。子育て中の親御さんに伝えたいのは、自分の人生も大切にしていれば子どももついてくる。親も子も一緒に成長できるということです」
「ごちゃまぜの音楽教室」を入り口に、障がいや病気の有無、人種、宗教、性別といった様々な違いや課題を超えて多様な人が混じり合う「ごちゃまぜの社会」を実現したい。兒玉さんの挑戦は壮大だ。だが孤独な戦いではない。その隣にはGaki-bizがいる。