【中嶋いづみさん】

アートも分かる、稀有なビジネスサポートセンター

「その一言で、この人はアートがわかる人だと思いました。」

左官アート『koteto』を手掛ける中嶋いづみさんは、Gaki-Bizの正田嗣文センター長と初めて電話で話をした時のことをこのように振り返った。

飛沫を上げながら打ち寄せる波のようでもあり、静かに流れる雲のようでもある。
雪山のようにも見えるし、飛行機から見下ろす海のようにも見える。

2023年5月に大垣情報工房1Fギャラリー他で行われた初の個展「藍波」。中嶋さんが無心に、鏝の赴くままに描く作品を、言葉で説明するのは難しい。中嶋さん本人も、「自分の気持ちが穏やかな時ほど、完成した絵は激しいものになったり、自分でも驚くことがあります」というほど。その日のエネルギーの有り様によってキャンバスは果てしなく変貌する。

「『何でもないのに、なんでもある作品だね』というお客様の言葉がすごく響きました。なんでもないんだけど、絵と人がいることで作品になるというか。だから、一言では言い表せないんです。」

売り上げ、申込数など、結果が数字として表れるビジネスと異なり、アートを評価することには独特の難解さがある。その点においてGaki-Bizは、アートにおけるビジネスの展開も相談できる貴重な存在と言える。これまでにも、絵でCSR活動を行っている太陽建材株式会社の土井田一将さんやMoji Base Art®︎(通称:MojiBa®︎)アーティストの浦上愛子さんなど、アーティストのサポートを行なって成果が出ている。しかし、中嶋さんはそれらのガキビズの実績については知らない状況で相談をしたのだそうだ。

「左官アートを事業化できるか相談したいと伝えたら、『まずは作品を持ってきてください。左官は左官でもアートになっているか見たいので』と言われました。Gaki-Bizがアート分野のビジネスサポートもできるというのは、後になってから知ったのですが、『ああ、ありえるだろうな』と思いましたね」

中嶋さんが最初に正田さんと会ったのは「垂井町創業支援アカデミー」だった。漆喰のDIYサポートやワークショップを行いながら、時間のある時に趣味程度に漆喰で絵を描いていた中嶋さんは、「DIYかワークショップかアート、どれか一つを事業にしたい」と参加した。このアカデミーでは講演とグループワークを通じて、参加者と講師が一緒に事業を考えるプログラム構成になっている。そのゲスト講師兼メンターの一人が正田さんだった。 「その時の正田さんの印象が良くて。ビジネスなのに堅苦しすぎず、この方だったら相談しやすそうだな」と感じたと中嶋さんは振り返る。垂井町創業支援アカデミーで、事業にするならアートがいいのではと勧められたこともあり、あらためてGaki-Bizにアートの事業化に向けた相談をすることにしたのだ。

■天然石から漆喰へ。人と自然が好き

垂井町で育った中嶋さんは両親ともに個人事業主だったこともあり、いずれ自分も事業を起したいと考えていた。母親が営んでいた美容サロンを引き継ぎながら、起業に向けて東京で研修を受けたり起業家と交流していたある日、台湾から天然石を仕入れて日本で販売しているおじいさんと出会った。

「昔から人と自然、モノづくりに興味があったんです。東京で色々な新しい事業を見てそれを地元に持ってこようと考えていたのですが、どれもピンと来なくて。天然石は自然のものだし、勉強してみたら石という素材はとても面白かったんです。仕入れや販売で人とのコミュニケーションもすごく大事になる仕事だし、やってみようと思いました。」

この天然石との出会いが、結果的に左官へ導いた。

「天然石を使ってアクセサリーを作る時に、紐で編むか、ワイヤーで編もうかと試行錯誤しました。素材の研究をする中で、麻に興味を持ち始めたんです。伊勢神宮のお神札は“神宮大麻”と呼ばれていて、お祓いに使う道具にも麻が使われていたそうです。麻という素材のことをもっと知りたくなって調べていくうちに、参加した講演会で漆喰に麻が入っていることを知りました。」

天然石からはじまり、数珠つなぎのように興味は広がっていった。2015年に小さなパネルに漆喰を塗る体験会に参加。そこで大垣市で採掘されている石灰が漆喰として古くから使われていたことを知る。子どもの頃よく眺めていた金生山。いつか山がなくなってしまうのではと思うほどにどんどん削られていて、自然好きの中嶋さんにとっては心痛む光景だった。それが、その日を境に、石灰への興味や地元の歴史への感謝へと変わった。

「漆喰をやってみたい」。何かが、ポッと心の中で灯った。

そこからの展開は早かった。漆喰のワークショップに参加し、自分のお店の納屋を改装して漆喰DIYを始める。本格的に左官を学ぶため、1年間職業訓練校にも通った。左官職人として就職。あまりの過酷さにばね指になり、一度は退職を余儀なくされるも、左官への興味はその後も全く揺るがなかった。

「今の左官は昔の左官とは変わってきているんですけど、本来の左官は本当に面白い仕事だと思っているんです。もともとの漆喰はすさ(麻の繊維)と海藻から炊き出した糊と石灰しか入っていないシンプルなもの。自然を取り扱うような感じで、バランスが難しい。料理みたいに、たくさんの調味料を使って色々な味がつけられる。醤油と砂糖を混ぜたらどうなるか。砂糖を先に入れるか、醤油を先に入れるかでも味は変わる。それが面白いんです。」

■コンセプトの言語化により、戻る場所ができた

左官について話し出すと、言葉、思いが次から次へとあふれてくる。

「さまざまな思いがあるので、自分自身でこの左官アートを言語化することはとても難しい。正田さんに話を聞いてもらって、大垣にもともとあった伝統的な左官材料が失われつつある中で、それを新しいものとしてアートパネルで残したいという思いを『古き良きは新しき』というコンセプトに凝縮していただきました。」

このコンセプトが決まってから、「自分の思いが分かりやすく伝わるようになった」と中嶋さんは語る。

「実は個展以降、新しい展開が見えてきているし、やはり一言では表現できないんです。でもあのコンセプトがあることで、戻る場所ができました。別の素材に挑戦したり、色々なところに行っても、また振り返って戻って来られます。」

■「Gaki-Bizは全てにおいてきっかけをくれる」

中嶋さんはGaki-Bizについて、「あらゆる意味できっかけをくれる存在」と表現する。「左官アートを事業化することもそうだし、大垣市情報工房1Fギャラリーでの展示も正田さんのサポートを受けて実現しました」。個展の際、Gaki-Bizを通してプレスリリースでの情報発信を行ったことで、複数の新聞社の取材を受けた。また、岐阜県の女性活躍を応援する「ぎふ女のすぐれもの」にも認定されたが、応募も正田さんの勧めによるものだった。


「正田さんがこの活動の価値を認めてくれて、「ぎふ女のすぐれもの」などいろいろなものを結びつけてくれる。私はそういったところまで意識が向いていないので、少し俯瞰した立場から見て、私の活動にあったものを提案して、道筋をつけてくださるのはありがたいです」


来年は岐阜市でも個展を開きたいと意気込む中嶋さん。『「ぎふ女のすぐれもの」の審査員の方にも言われたんですけど、将来的には海外でも展示をして、日本の良さを伝えることができたらいいなと考えています』

左官アート『koteto』ホームページ