【児玉工業所】
老舗の魂を世界へ届ける「食洗機400回可能な枡」

工場の入り口をくぐると、フワーっと全身ヒノキの香りに包まれた。
「ヒノキの香り、しますか?」
そう笑顔で迎えてくれたのは、「枡空間」を運営する有限会社児玉工業所の児玉政重社長だ。大垣市の地場産業であり、国内シェア約8割を誇る木枡。2社しかない木枡生産業者の1社が同社である。
「増す」「益す」に通じ縁起物として、祝いの席で目にすることの多い枡だが、ヒノキの枡は水に弱く、保存状態によってヤニが出てしまうという弱点があった。児玉工業所は木枡にガラスコーティングを施すことで、食洗機で400回洗える画期的な枡を開発。アメリカ・ロサンゼルスの展示会で注目を集めた。
これは、大垣の特産品「枡」が世界に羽ばたく物語。
■明治創業の桝屋を第三者事業承継
垂井町に本社を置く児玉工業所は、1979年に創業。シャッターメーカーの協力会社として金属加工業を営んできた。
転機になったのはリーマンショック。金属加工の仕事が減り、『何かやらなければ』と模索する中で、枡の老舗「衣斐量器製作所」が後継者を探していることを知った。当時は事業承継するには至らなかったが、枡づくりに興味を持った児玉社長は、独自に枡づくりを始め、2009年に「枡空間」を立ち上げる。
枡事業を続けて10年以上が経った2021年、衣斐量器の廃業に伴い、第三者事業承継を実施。明治創業の技術や老舗の魂などその全てを引き継ぎ、新たなスタートを切った。

大垣ビジネスサポートセンター(Gaki-Biz)には、第三者事業承継を行う以前から相談に訪れていた。
「事業承継を行う過程で問題が出てくると、正田(嗣文)センター長にご相談し、会計士さんや弁護士さんを繋いでいただくなど、課題にぶつかるたびにサポートしていただきました」
■失敗続きの商品開発が、起死回生のアイデアの種に
新商品開発をする上でも、Gaki-Bizは力強いアドバイザーだった。枡はお正月や節分、卒業式などお祝いごとが続く冬場に需要が集中する。一方で、夏場に作りだめしておくこともできないのが、木という「生き物」の難しいところ。時間が経つと、ヤニが出てきたり、変色してしまったりと、状態が変化してしまうのだ。「鉄は素直、圧倒的に扱いやすい。それに比べて、木は本当に全然いうことを聞かない」と児玉社長は呆れ顔。
「ヤニや変色が出るとB級品になってしまうので、夏に作りためをしては、B級品を選別して出荷するの繰り返しでした。なんとかして、夏に売れる商品がほしいと切に願っていました」

▲ヤニが出て、変色した枡
Gaki-Bizのアドバイスで最初に開発したのは、『雛祭り枡』だった。Gaki-Bizに商品開発のサポート受け、プレスリリースの書き方を習い、初めてテレビの取材を受けた。
「その時に商品のコンセプト作りからプレスリリースの作成の仕方まで学び、メディアともどのように付き合っていけばいいかを知りました。そこからは定期的に商品を開発するようになりました」
五角形、六角形、菱形など変わり種の枡や、枡を使った風鈴を作るなど様々なチャレンジをし続けた。

■「枡っぽい何か」から「枡を使った何か」へ
しかし、新製品をすればするほど、児玉社長の迷いは大きくなっていった。
「これだけ伝統のある桝屋さんを引き継いだのに、“枡っぽいもの”を作っていて本当に良いのだろうか。“枡っぽい何か”ではなく、“枡を使った何か”を作るべきではないのだろうか」
“枡を使った何か”への方向転換を図り、枡入りのティラミスやシフォンケーキなどスイーツの販売も試みた。だが、「見栄えはいいんですけど、プラスティック製の容器でもこだわったものが40〜50円で手に入る中で、木の枡は300円。一時的に話題になっても、長続きはしない」。
蕎麦屋とコラボして、枡に蕎麦つゆを入れて、ざるそばを楽しんでもらおうと企画をした。アイデアに自信はあったが、実際に試してみると、ヒノキは香りが強すぎて、出汁に渋みやえぐみが出てしまい、繊細な風味を壊してしまうことが分かった。しかも、つゆの色が枡に移ってしまうため、枡は繰り返し使えない。
だが、この“失敗”が大逆転につながる。「匂い移りを防ぐために、内側をコーティングすればいいのでは」という考えに至った児玉社長は、試行錯誤の末に日本の安全基準を全てクリアしたウレタン塗料にたどり着く。ウレタン塗料でコーティングした枡は、洗剤で水洗いしても乾きが早いため扱いやすく、繰り返し使用も可能と好評だった。一方で、手触りがプラスチック製に近く、ヒノキの風合いが感じられない難点があった。それならばと、一度枡全体をウレタン塗料でコーティングしたあと、外側の面を削り塗装をはがした。この一手間をかけることにより、蕎麦つゆの旨味や風味を活かしながら、外側はヒノキの爽やかな香りや木の手触りを感じられる枡が完成した。
ただし、量産を考えると、毎回外側の塗装を剥がすのは非効率。ウレタン塗装は強い衝撃に弱く、ぶつけたり、落としたりすると表面のコーティングが欠ける恐れもあった。
「さらに良い高耐水性の枡を」とブラッシュアップを続ける過程で出会ったのが、木材加工を手掛ける愛知県春日井市の「愛知ライト」だった。
愛知ライトは、液体状のガラスを木材に浸透させて塗装すると、木の風合いを保ちながら劣化が防げるという技術を有していた。メインバンクの大垣共立銀行の仲介で共同開発を始めた2社は、建材に使われている技術を枡づくりに応用。「玻璃塗」が完成した。
玻璃塗は食洗機400回の使用に耐えられる強さを持ちながらも、ヒノキの香りや温もりを感じられる革新的な枡。4180円と一般の枡の10倍の値段だが、海外の富裕層を中心に関心を集め、初期に製造した200個はすぐに完売した。

■Gaki-Bizが繋いだ、アメリカへの道
この勢いに乗り、空前の日本酒ブームに沸くアメリカでの需要拡大を狙い、児玉工業所は2025年10月に「枡空間」の海外初拠点となる「枡空間 USA」をカリフォルニア州トーランスに開設した。この挑戦を影で支え続けたのが、Gaki-Bizの正田センター長だった。
単なる経営相談にとどまらず、世界を舞台に活躍していた正田センター長の縁を活かし、米国ロサンゼルスのJAPAN HOUSE内にオープンした懐石レストラン「UKA」への納品を実現。これが、児玉社長とアメリカとの最初の接点となる。
「この時点はアメリカで商売をしようという気持ちは全くありませんでした。でも、玻璃塗を開発する中で、食洗機に400回耐えられるのであれば、アメリカで普段使いの食器として使っていただけるのではないかという話になりました」
2024年、「UKA」のミシュラン「一つ星」獲得記念イベントに招待された児玉社長は、初めてアメリカを訪問。旅行会社HIS USAの紹介で、現地の日系企業を回り、日本酒のイベントの主催者と巡り合う。「ぜひイベントに参加してください」と誘われた児玉社長は、「右も左もわからないまま」玻璃塗を携え、日本酒のイベント「Taste of Japan」に単身で乗り込んだ。
「45ドルで販売したのですが、非常に反応が良く、飛ぶように売れましたね」。展示会には2年間で4回参加。2回目以降はレーザー機を置いて、児玉社長自ら写真などの画像を転写したオリジナルの枡を作るデモンストレーションを披露した。「展示会では1日中ずっとレーザー加工作業していましたね。オリジナルの枡に対するニーズがあることを実感しました」。
大きな可能性を感じた児玉社長は、アメリカへ本格的に進出することを決断。カリフォルニアに販売拠点「枡空間 USA」を開設した。拠点には最新のレーザー加工機を導入し、小口(50個まで)のオリジナル枡の注文にも最短4日以内で発送できる体制を整えた。現地で営業のスタッフを雇い入れ、少しずつ枡の認知を拡大しているところだ。
「枡事業を始めて2年弱は全く商品が売れなかった」と振り返る児玉社長。技術を磨き、事業承継した衣斐量器、Gaki-Bizや地域金融機関、異業種のパートナーとの繋がりを武器に一歩ずつ進んできた結果が、ようやく実を結ぼうとしている。
伝統を守ることは、頑なに変わらないことではなく、時代や場所に合わせてその価値を「ます」ことだ。木曾ヒノキの香りが漂う伝統の枡に、日本の中小企業が生み出したガラスの鎧を纏って、世界で勝負する。