【食べ処 飲み処 美膳】
お店の色を明確に打ち出し、メディアにひっぱりだこの人気店に

「記憶に残る幕の内弁当はない」
AKB48のプロデュースなどを手掛ける希代のヒットメーカー・秋元康さんの言葉だ。
幕内弁当はおいしい。いろいろなものが入っていて、老若男女が楽しめる。けれど、1週間後にどういうお弁当だったのか、はっきりと思い出せないところがある。飛騨牛ハンバーグ弁当とか、特大エビフライ弁当とか、めちゃくちゃ辛いラーメンとか、特徴がはっきりした「一点豪華主義」の方が印象には残りやすいだろう。
飲食店も同じことが言えるかもしれない。なるべく多くのお客様のニーズに応えようと料理の種類を増やせば増やすほど、売りがわかりづらくなってしまう。美味しいのは大前提。絶対にこの店でしか味わえない何かがないと、数あるお店の中から選んでもらうことは難しい。
だからといって、一つに絞るということは他の可能性を捨てるということでもある。決断するには勇気がいるものだ。その一歩を踏み出すことを躊躇している人のヒントになればと、今回は一つの看板メニューに注力することにより大ブレイクを果たした居酒屋の話を紹介したい。
■「お店の売りはなんですか?」 その質問から快進撃は始まった。
大垣市郭町にある「食べ処 飲み処 美膳」は1992年にシェフの塩見ゆう子さんとゆう子さんの母が二人で始めた居酒屋だ。メニューはお刺身から串カツ、オムライス、ピザ、ラーメンまで幅広く、和洋中ジャンルを問わないおいしい料理とアットホームな雰囲気が多くの常連客に愛されてきた。
転機になったのは2019年の夏。母が引退し、ゆう子さんの夫の久嗣さんが会社を辞めて手伝うようになったのだが、直後に新型コロナウイルス感染症が拡大。多くの飲食店と同様に美膳も大打撃を受けた。
「経営者になったばかりでどうすればいいかわからなかった」久嗣さんは、営業自粛で身動きが取れない状況で、大垣商工会議所主催の「創業塾」を2年連続で学び、打開策を模索した。そこで出会ったのが講師を務めたGaki-Bizの正田嗣文センター長だった。「講義の内容はあまり覚えていないんですけど、この人に会いに行かなきゃだめだと直感しました」。久嗣さんはすぐにGaki-Bizに電話を入れ、正田さんとの面談を申し込んだ。
「現状についてヒアリングをされた際、最も困ったのは『お店の売りはなんですか?』という質問でした。思い起こせば、創業塾でも『ビジネスの核になるものを作りなさい』と言われていたのですが、1年以上経っても全く決まってなかったんです」と久嗣さんは苦笑いしながら初回の相談を振り返る。
「お店の売りを作りましょう」。正田さんのアドバイスを受けて、「これを機に本気で決めないと」と塩見夫妻は看板商品を真剣に考え始める。
「調理担当の妻がいくつか候補を出してくれたんですけど、なかなかピンとくるものがなくて悩んでいたのですが、ある日妻が『一番人気があるのはだし巻きかな』とボソッとつぶやいたんです。言われてみれば、ほとんどのお客様がだし巻き玉子を注文するし、僕自身もうちのだし巻きは他の店のものと違ってふわふわでおいしいと思う。『よし、だし巻きでやろう』と決断しました」

■合同プレス発表会を機に大ブレイク。たてつづけにメディアに出演
いまや、「日本一のだし巻きの店」として新聞・雑誌、テレビなどで毎月のように紹介される美膳。なぜここまでメディアに出ることができるのか。その秘訣を知りたい経営者も多いかもしれない。
「だし巻きでいくと決めたすぐ後の2021年末にGaki-Bizへ相談に行った時に『2022年はメディアに出たいです』と正田さんに目標を伝えたんですね。その時点は一つもオファーはなく、全く根拠はなかったのですが、『1回ではなく、何度も出たいから売りのブラッシュアップを手伝ってください』と大風呂敷を広げました。正田さんは驚かれた顔をしていましたが、目標に向けて頑張っていきましょうと応援してくれました」
メディアに取り上げてもらう手段として、プレスリリースを報道機関に送る方法がある。ただメディアには毎日大量のプレスリリースが届くため、つい取り上げたくなるような目に留まる企画が必要になる。そこで正田さんは「お店の売りを活かしてメディアが注目するような大型商品を作りましょう」と提案した。
「ちょうど年末年始や受験シーズンだったので、正田さんから一人用おせちや合格の願掛け商品や、だし巻き玉子の種類を増やすことやだし巻きチケットの導入(後の日本初のだし巻き玉子の定期便サービス)などたくさんのアイディアをいただきました」。調理担当の妻に話したら「できるわけないじゃん!」と一蹴されてしまうものもありましたが、「でもできませんでは何も進まない。代わりに何か作ろう」とまず開発したのが、だし巻き玉子の真ん中にヒレカツを入れた『豚ヒレカツだし巻き玉子』だったんです。

出来上がった豚ヒレカツだし巻きをGaki-Bizに持っていくと、試食した正田センター長は「桜の花模様とカツ(勝つ)で受験シーズンにもぴったりだが、そもそも美味しいし、中にトンカツが入っているだし巻きは見たことないので、受験シーズンに限らずニーズがあるのでは」と大絶賛。さらにその数日後に「大垣商工会議所主催の合同プレス発表会に参加しませんか」と連絡が入った。発表会まで3週間しかなかったが、久嗣さんは千載一遇の好機に勝負をかける。
「合同発表会の時に、だし巻き玉子だけ持って行ってもインパクトが弱い。そこで考えたのが、だし巻き玉子をモチーフにしたキャラクターの『だっしー君』です。Gaki-Bizのデザイナーさんに美膳のキャラクターを作りたいと相談して急遽作成しました」
Gaki-Bizのものづくりアドバイザーの方の助けを借りて、だっしー君を彫った木製のキーホルダーを制作した。「この時に、看板商品と看板キャラクターが同時にできたんです」。

合同プレス発表会後、岐阜新聞、FM岐阜、中日新聞、中部経済新聞と次々と取材依頼が舞い込み、2022年5月には大垣ケーブルテレビの「SKE48のタクシーグルメ」への出演が叶う。帽子から靴まで全身黄色に身を包んだ「美膳パパちゃん」こと久嗣さんは「目立ちたい精神」旺盛なユニークなキャラクターも相まって、みるみるうちに東海エリアの情報番組に引っ張りだこになっていく。
■だし巻き玉子の種類は日本一。業界初のサービスをスタート
快進撃の始まった2022年は、美膳が30周年を迎える年だった。塩見さん夫婦はさらにだし巻きのイメージを強化すべく、開業日の7月4日に合わせて30個のだしまきメニューを開発することにした。
その後は、お客さんのリクエストやラジオ・テレビ番組とのコラボなど種類はどんどん増えていった。玉子に枝豆やコーン、大葉などを混ぜこんだものから、スイーツ系、チャーハンや焼きそばが入った食事系など、2024年10月末現在で86種類。日本一だし巻き玉子の種類が豊富に揃う店として東海地方にとどまらず、全国からお客さんが訪れるようになっていった。
全国区になったのを機に、2024年にだし巻き業界初の「お任せ定期便」サービスをスタート。大垣市のふるさと納税返礼品として、プレーン1 本とお店がセレクトした創作だし巻き 2本を6ヶ月間毎月定期的に届ける新サービスだ。日本一種類が多いというお店の特徴を活かすと同時に、お客様にも何が届くかワクワク感を楽しんでいただける。「全国各地に有名店を渡り歩いている“だし巻きマニア”がいることが分かったので、そういう方にうちのだし巻きを届けたいなと通販も始めました。誰しも自分が気にいっているメニューがある一方で、たまには冒険したい気持ちも持っている。思いがけないだし巻きとの出会いを楽しんでいただけたら嬉しいです。またこのだし巻き定期便を店舗に足を運ぶきっかけにしてもらえれば、大垣の活性化につながって、地域に恩返しできればと思っています」。

テレビ出演に、通信販売、イベントに出店すれば数時間で売り切れてしまう。つい2年ほど前には想像もしていなかった広がりを見せている美膳。快進撃の秘訣について、久嗣さんは次のように語る。
「Gaki-Bizから『お店の売りを作ろう』という核になるアイデアをいただいて、そこから先はどんどん自分たちで広げていったことが今につながっていると感じています。
『こんなことを考えているんだけど』と正田さんにアイデアを話すと、『それ、面白いですね』と育ててくれます。アイデアを否定されたことはありませんが、ちょっと違うなと言う時には『ここはもっとこうした方がいいかもしれませんね』と客観的な視点からブラッシュアップ案を提示して、気がつかないうちに軌道修正してくれます。そこが正田さんの上手いところ。頭ごなしに否定されたり、本人のやりたかったことと全く違うことをやりなさいと言われても続かないですよね。僕たちも最初から日本一を目指していたわけではありません。Gaki-Bizの力を借りながら、自分たちが楽しく続けられる場所を見つけてもらって、それを展開していたらここまで辿り着いたという感じ。今は本当に楽しいです」

終始声を弾ませて話をする美膳パパちゃんと、包み込むような笑顔のゆう子シェフ。夫婦の愉快な挑戦はまだまだ続く。