【アンジーワイン】
「自分一人では、絶対に行きつかなかった」鍬一本からミシュラン二つ星へ

ピチュピチュピチュ。チッチッチ。
鳥のさえずりがどこからともなく聞こえ、少しずつ陽の光が強さを増してくる。
ひと仕事を終えて、眼下に広がる一面の田園風景を眺めながら、コーヒーを一杯飲む時間は至福だと、「Vignoble du Angie」の野々山智則さんは笑う。
池田山の麓の丘陵地に広がるワイン畑。ここはつい5年前まで、荒れ果てた耕作放棄地だった。会社員として働きながら、出勤前や休日に鍬一本を携えて、茶畑だった土地を耕し始めたのは2020年の春。「最初は手作業で草ボウボウの藪を切って、掘り起こしていましたが、全然進まないので…。重機の免許を取りに行きました」
1年かけて畑を整地し、翌年、2種類の白ブドウを植えた。2024年、250kgの白ブドウを収穫。長野県のワイナリーに醸造を委託し、池田産の白ワイン第一号となるANGIE Pere & Fils “Vendange Mixte Blanc 2024”が出来上がった。2025年に、限定234本、税込5500円で販売した。
こだわったのは、同じ畑で育った、個性の異なる2品種のブドウを、同じタイミングで収穫し、同じタンクで発酵させること。そうすることで、池田町の風土を最大限に表現したいと考えた。
フランス産の濃厚なワインが重厚なフランス料理を引き立てるように、鮎や山菜など、岐阜県が誇る食材を活かした料理には、「池田町の土から吸い上げた水、風、気温、つまりその年の池田の気候が詰め込まれた」清涼感のあるワインが合うはずだ。
岐阜の食材をより華やかに彩るために、「フードフレンドリー」に仕上げた香り高いワインは、瞬く間に世界の美食家たちの心を掴んだ。岐阜県内のミシュラン二つ星店で提供を開始すると、外国人のお客様を中心に好評を博し、すぐに完売となった。既に、今年5月に出荷予定の注文が入っているという。

■独学の限界を認め、プロの力でスケールアップ
先ほどさらりとミシュラン二つ星と書いたが、そうした一流店にワインを採用してもらうのは、簡単なことではない。お店が提供する料理のコンセプトやソムリエの哲学に合致する「物語」や「クオリティ」が求められるからだ。
その高い敷居を突破できたのは、野々山さんのワインが美味しいだけではない。大垣ビジネスサポートセンター(Gaki-Biz)と練り上げたブランディング戦略があったからだ。「仮に僕一人でやっていたら、これほど話題にならなかったと思う」と感謝をする。
野々山さんが初めてGaki-Bizを訪れたのは、2024年。「今年収穫したブドウでワインを造って、来年リリースしよう」と考えたタイミングだった。
Gaki-Bizの存在は以前から知っていた。しかし、平日は会社員として働いていることもあり、二の足を踏んでいた。ブドウの生産やワインの醸造については、独学で進めてきた。酒販免許も取得していたので、販売に関しても「今は色々と便利なアプリもあるし、例えばラベルを見よう見まねで作ろうと思えば、それなりに自分一人でできてしまいます」。けれど、本当にそれでいいのだろうか。
「小さな畑で、生産できるワインの数も限られている。その希少性を逆手にとって、特別な日、大切な時間に飲んでもらえるプレミアムなワインにしたいと考えていました。そのようなブランドイメージに育て上げていくためには、自分一人では限界があるのではと感じはじめていました」 専門家の客観的な意見の必要性を感じてはいたが、一会社員が小規模に経営している中でコンサルティング会社に依頼するのは難しい。その時にふと思い出したのが、Gaki-Bizだった。タイミングよく、池田町で出張相談があることをインスタグラムで知った野々山さんは、「会社が揖斐川町なので、近くに来るのであれば、半休を取ってでも行こう」と決断。「よくよく考えたら、自宅が大垣なので、距離的には変わらないんですけどね」と苦笑する。
■ラベルに込めた「頑張りすぎない」哲学と、次世代への願い
常に西濃エリアの動向にアンテナを張っているGaki-Bizの正田嗣文センター長は、既に数年前から野々山さんの活動を認識していた。デザインアドバイザーの岡田庸平さんも加わり、まずはブランドの顔となるコンセプトとロゴやラベルのデザインから進めていった。
「自分が素人感覚で作ったものをお渡しして、岡田さんにデザインを見てもらったのですが、フォントひとつをとっても、素人がどんなに頑張っても行きつかない、びっくりするような素晴らしいものを提案してくれました」
ラベルに描かれているカピバラも、オリジナルで描いたそうだ。「カピバラは水と陸を繋ぐ精霊で、豊穣の象徴である。のんびりとした、頑張りすぎない性質も、会社員を続けながら、何十年先を見てゆっくりと進んでいる自分の生き方のアイコンみたいだなと。このワインも、のんびりと、一息つきたい時に飲んでもらいたい。そういう願いを込めました」。
ANGIEは長男の杏慈さんの名前に由来。「Pere & Fils」はフランス語で「父と息子」を意味する。
「お茶は池田町の特産ですが、ここも耕作放棄地になっていて、担い手がいないことが深刻な問題になっています。この土地はご縁があって、親戚から借りられて、ブドウ畑として再生することができました。でもこのブドウ畑も次の担い手がいなければ、単に延命措置をしただけになってしまう。息子に強制するつもりはないですが、広い意味で次世代の息子たちに繋いでいくという意志を込めました」
「ANGIE Pere & Fils」のロゴをよくよく見ると、「GIFU」が隠れていることがわかる。岡田さんが発案した遊び心。アンジーワインを手に取る機会があったら、ぜひじっくりと見てほしい。。
■「諦めたらそこで試合終了」背中を押してくれた“仲間”の存在
手塩にかけた234本のレアなワイン。販売方法にも妥協はしなかった。半分を岐阜県内の酒販店に卸し、半分を直接販売。一般発売は抽選制にした。アンジーワインの持つ物語を届けるための、正田センター長の提案だった。
「応募フォームにコメント欄を設けたのですが、『池田町の出身で、懐かしくて思わず欲しくなりました』というような、岐阜に思い出を持つ方が多く申し込んでくださって、嬉しかったですね」
並行して、岐阜県内の飲食店への営業も開始。正田センター長は前職で旅行業に携わっており、宿泊業者や飲食店に広い知見を持っていたり、高いアンテナを張っていることも心強かった。
「正田さんも岡田さんも、まるでANGIE Pere & Filsブランドの一員であるかのように、Gaki-Bizのネットワークだけでなく、プライベートで食事に行った時にもお店の方にワインの紹介をしてくださり、応援してくれました。僕も、正田さんの積極的な営業の仕方を真似して、いろいろなお店に食事に行って、お店の人とコミュニケーションを積極的にとるようになりましたね」 実は先述の二つ星店も、当初は雲行きが怪しかった。「やっぱり難しいかなと落ち込んでいた時、正田さんから『諦めたらそこで試合終了ですよ』というベタなメッセージをもらって(笑)、粘ることができました。いろいろな部分で背中を押してもらいました」
■岐阜の食事に、地元で育ったワインという彩りを
2年目の今年度は、300本を出荷予定。「既にラベルを貼るだけの状態になっている」。うちの耕作放棄地もぜひ使ってほしいと声がかかり、畑を拡大し、赤ワイン用のブドウも栽培するようになった。「白赤合わせて1000本くらいまでは増やしたい。ゆくゆくはスパークリングにも挑戦したいですね」と野々山さんは意欲的だ。

ところで、野々山さんはなぜワイン造りをはじめたのだろうか。
「僕はワインが好きで、旅行に行くと、地元の食材を使った料理に合わせてその土地のワインを飲むのが楽しみでした。岐阜は食が豊かで、美味しいものがたくさんあるんですけど、岐阜県産のワインはほとんど見たことない。日本酒はたくさんあるんですけどね。そのことをとても残念に思っていました」
野々山さんの核にあるのは、岐阜を訪れた人に、岐阜の美味しい食材と、岐阜の風土を感じられるワインを楽しんでほしいという思い。
鳥のさえずり、川のせせらぎ、山のみどり、降り注ぐ陽の光…。岐阜ならではの唯一無二の体験を味わい尽くせるように。