【川崎文具店】

街の文具店を一躍全国区にした戦略

 大垣駅から歩いて5分ほどのところに、全国各地からたくさんのファンが足を運ぶ文具店がある。彼らのお目当ては「川崎文具店」店主の川崎紘嗣さん。「バロンさん」の愛称で親しまれている、万年筆・インク界のカリスマだ。
家族経営の、いわゆる街の文具屋が全国区の知名度を誇るようになったのは、ここ2、3年のこと。コロナ禍で多くの小売店が苦境にあえぐ中で、次々と新たな商品やサービスを送り出し、昨年の売り上げは前年比の約3倍を達成した。
 川崎文具店はなぜこれほど急激にビジネスを加速させることができたのか。川崎さんは、大垣ビジネスサポートセンター(Gaki-Biz)から授かったある戦略によって、「すべての歯車がカチッと噛み合った結果」だと語る。

10年間蓄積してきた知識に価値を見出す

Gaki-Bizオープン当日の2018年7月4日、川崎さんは気合十分で相談に訪れた。以前参加した講演会で「Bizモデル」に興味を持ち、それが大垣にできると聞いて待ち構えていたのだ。
「『こういうお店にしたい』『こういう商品をつくりたい』とコピー用紙3枚くらいにバーっと打ち込んで」持参し、万年筆を机にずらりと並べながら熱弁した。

川崎さんは10年ほど前に、大正12(1923)年創業の老舗文具店を父から引き継いだ。その際、「少しでも自分の色を出したい」と店の一角に自身の趣味でもある万年筆とインクのコーナーを設置。世界各国の万年筆やインクを集め、インクの調合技術を独学で学んできた。
しかし街の文具店で、高価な万年筆はそれほど頻繁に売れるものではない。ともに同店を営む妻の恵子さんが、売れるかわからない万年筆を次々と仕入れることに不安を感じていることも理解していた。

それでも万年筆を続けていきたい。不安を払拭できるよう、もっと万年筆の売り上げを上げられないか。相談を受けたGaki-Bizの正田嗣文センター長は、川崎さんの万年筆への熱意と知識に圧倒されていた。それと同時に、この万年筆への情熱こそが川崎文具店の価値になると直感した。

その根拠になったのは、万年筆を求めるお客様の滞在時間の平均が3〜4時間と非常に長かったことにある。長い時には開店時間に来て閉店までいるお客様もいるそうだ。「お客様は何万円もする万年筆を清水の舞台から飛び降りる気持ちで購入される。そのときにクッションになるのは私の知識や言葉」と考える川崎さんは、お客様が納得するまで万年筆の特徴やストーリーを丁寧に説明する。どうしても滞在時間が長くなってしまうのだ。

 一般的なコンサルティングならば、回転率を良くするよう指摘するのがセオリーかもしれない。しかし正田センター長は「何時間も話せる知識やこだわりを持っている人は、日本中見渡してもそれほど多くない。ここを強みとして、川崎さん自身をブランディングし、アピールした方が良い」と逆のアドバイスをした。

「Gaki-Bizはその人の思いを大切にしてくれます。そして、自分でも気づいていない、価値や強みを引き出してもらえるのでありがたいですよね」と川崎さんは嬉しそうにその時のことを振り返る。

Gaki-Bizの太鼓判を得た川崎さんは、「自信を持って」万年筆の道を突き進んでいく。

“称号“で知名度、信頼度がアップ

ブランディングにおいて、ネーミングは成否を左右する重要なファクターだ。川崎さんの持つ強みを、いかに分かりやすく、端的に表現するか。

国内外400色以上を揃える万年筆インクの豊富さ、大正創業の店が持つアンティークな雰囲気、そして物語をイメージしながら川崎さん創り出すオリジナルインクが既に評判だったこと……。川崎さんとGaki-Bizは強みを整理しながら、言葉を吟味していった。

「川崎さんがやっていることはもはや魔術師ですよね」。最終的には、インクを調合している川崎さんを見て、お客様が発した一言が決め手となった。

「色彩の錬金術師 インクバロン(男爵)」

この“称号”を得た川崎さんは、水を得た魚のように生き生きと“万年筆沼”“インク沼”へ泳ぎ出していった。

「日本人は表に出ることが苦手という人が多いと思うのですが、これからの時代は自分を知ってもらうことが必要です。それが信用・信頼につながり、商品が売れるようになる。
『色彩の錬金術師 インクバロン』と名乗ることで、私が何をできるのかが明確になり、覚えてもらいやすくなりました。いまでは「万年筆、インクといえば川崎文具店」と、真っ先に頭に浮かべていただけます。これは本当に大きなことです」

 数年前から万年筆が空前のブームになっていることも追い風となり、新聞やテレビ・ラジオがこぞって「インクバロン」を取り上げた。
自らもSNSやブログで積極的に情報をこまめに発信。コロナ禍で来店客が減少する中、Clubhouseやインスタライブなどで定期的に配信を行い、ファンとの継続的な交流を図っている。

「小さいお店なので、文房具や万年筆・インクが大好きという人に刺さればいいと思っているんです。むしろニッチな世界で喜んでもらった方が口コミで広がりやすい。好きな人がより楽しめる品をこれからもどんどん提供していきたいと思います」

その言葉の通り、オリジナル万年筆インク『百鬼夜講シリーズ 三途の川』を購入したお客様のTwitter投稿に2万5千いいね!がついた。川崎さんのこだわりは万年筆・インク好きの心を確実に掴んでいる。

信頼が商品化を加速。ブランド化ですべてがうまく回り出した

 『色彩の錬金術師 インクバロン』というブランドが定着すると、多くの万年筆・インク愛好家が川崎さんのもとに集まるようになった。その中には、日本を代表する万年筆メーカーのセーラー万年筆のような大手企業も含まれていた。

2020年6月には、セーラー万年筆と共同開発した川崎文具店オリジナル万年筆を発売。「いつかオリジナルの万年筆を作りたい」という念願が叶った。万年筆、インクはもちろん、ケースに至るまでこだわり抜いた、SF小説『海底二万哩』の世界観を表現したオリジナル万年筆は、熱い支持を受けて限定100本が即完売。翌春にも第2弾となるオリジナル万年筆『ジャズエイジ』を発売し、こちらもすくに完売した。

 Twitterで話題にとなった、妖怪をテーマにしたオリジナルの万年筆インク『百鬼夜講シリーズ』は同年10月に発売したものだ。このシリーズは大手インクメーカーから原色インクを卸してもらうことで制作が実現した。

「インクに特化した活動を続けているからこそ、お客様だけでなく、企業にも信頼してもらえる。安心して商品を卸していただけるのだと思います。ブランディングによりギアが噛み合い、すべてがうまく回り出しました」

Gaki-Bizは人、地域をつなぐ拠点。

 Gaki-Bizの仲介により、地域の人とのコラボレーション企画も増えている。その一つが『百鬼夜講シリーズ』6ヶ月定額制コースの購入者へプレゼントするロール型ペンケース。僧侶が着用する法衣の製造販売を続ける吉田法衣店に制作を依頼した。

「Gaki-Bizの相談件数は既に5000件、利用事業者も1000を超えています。だから『こういう技術を持った人はいないですか?』とご相談すると、すぐに『こんな方がいらっしゃいます』と紹介してもらえます。
アイデアがあっても時間をかけたら他にやる人が出てくる。ビジネスにおいて、このスピード感は大きなアドバンテージになります。
またGaki-Bizがそれぞれの価値を引き出してくれているおかげで、この地域には自分の強みを明確に話せる人・会社が増えてきている。だからビジネスマッチングがスムーズで、コラボレーションがしやすいんですよ」

「少し壮大な話になりますけど、地域の方とのコラボレーションを通じて、岐阜県の地場産業を守り、地域の発展につながればいいなと考えています。ゆくゆくは、Gaki-Bizを通し商品化したものを一堂に集めた展示会ができたら面白いですね」と声を弾ませる。

2020年のGaki-Biz利用回数がダントツでNo.1だった川崎さん。時間ができたらGaki-Bizに足を運び、新たなアイデアの相談を続けている。アイデアは「無尽蔵にある」。お店を引き継いでから10年以上やりたいことを書き溜めてきたノートは何十冊にも及ぶ。

「Gaki-Bizにご相談することで結果的に気が付いたのは、自分一人の力には限界があるということです。まずは自分自身にやりたいことがあるのが一番大事です。でも自分の考えだけで進めると独りよがりになって、納得したものができない。Gaki-Bizの正田センター長は世界で活躍されてきた方でもあり、そうした専門家の客観的な視点を通すことよって、自分も楽しく、お客さまにも喜んでもらえるクロスポイントがどこなのかを探すことができる。Gaki-Bizに相談することで、アイデアをブラッシュアップすることができ、クオリティの高いものを生み出せる。それがここ数年、お客様から支持される商品を作り出せている要因だと思います」と目を輝かせる。

「私は『天地人』という言葉が好きなのですが、成功するには「天の時」「地の利」「人の輪」の3つの条件が必要だと言われています。この3つの中で、自分の力でなんとかできるのは地の利と人の輪。それをつないでくれているのがGaki-Bizだと思います。私の場合は「地の利」「人の輪」を整えて天の時を待っていたら、インクブームとうまく噛み合った。そういう意味で、Gaki-Bizは大垣の宝だと思います」

【川崎文具店】
●ホームぺージ http://www.kawasaki-bunguten.com/